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翌日には昼夜別々のお呼ばれ

オペラ観賞の翌日、朝から「サマリーテ―ヌ」というデパートを創設した、コニャックと妻のジェが収集したコレクションが展示してある「コニャック・ジェ」美術館へミッシェルさん夫妻と一緒に出かけた。
マレ地区にある18世紀の貴族の生活を思わせる落ち着いた建物の中に、インテリアや絵画が展示してあった、

館内は撮影禁止だったので、今はどのようなものが展示してあったかは忘れてしまった。ただこの美術館は入館無料で、パリには時々こういう入館無料の美術館がある事にいつも感心させられる。

見終わってからミッシェルさん夫妻と別れ、お昼の食事の約束のある16区へ向かった。途中シテ島などを歩いたが、やがて地下鉄に乗って行った。
約束の「LA LOTONDE」というレストランに入っていくと、友人のジョルジュが待っていた。
彼は私達がフランスで知り合った、最初の頃の人で、最初はフランス人と思っていたが、やがて彼はレバノン人だと言うことが分かってきた。
フランスで外交官をしていたとかで、日本が大好きで26回くらい日本に来たと言っていたことは前に触れたと思う。
日本に来た時は私達は京都や奈良で会った。

彼はお金持ちのたくさん住む16区のマンションに住んでいる。独身だがもう70歳後半の人で、体力的にもう日本へは来ないと決めているようだった。
このレストランの常連で、ギャルソンとは顔なじみだし、このレストランのほかいくつかのレストランを経営している女性のオーナーとも知り合いらしい。

「私はこのレストランで人気があるのだよ」と言う。見ていると私達の写真をギャルソンが撮ってくれたが、その時もそのギャルソンにチップを渡していた。どうやらチップをどんどん弾むらしい。だから人気があるのは当たり前だと思った。

ここではエスカルゴや白身魚の料理をいただき、デザートもアイスクリーム、紅茶も美味しかった。
それにしても独身なので、毎日こう外食で美食ばかりしていては、体に良くないのではと心配になる。

彼はいつもきちんとスーツを着て、ネクタイをしている。目に見えない階級社会の中で、生粋のフランス人でない彼は、決して見下されないように心がけているのではないかと考えてしまう。

美味しい食事をいただき、彼の好きな折り紙も少ししてから、お別れした。
地下鉄に乗ってミッシェルさんの家に一旦帰りました。

それから今度はサンジェルマンアレーに住んでいるパトリックの家に行くのですが、
ここで今日は中断し、続きはまた書くことにします。



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パリへ帰る。そしてバスチーユのオペラ座へ

いよいよツールーズを最後にフランス南部への旅は終わり、パリへ帰る日が来ました。
朝、ジャンルネさんの奥さんのダニエールさんは近くの男の子を預かることになっていて、駅までは送れないとのことでした。

やがてそのかわいい男の子がやってきましたが、恥ずかしいのか持ってきたゲーム機に没頭しています。
そこで、新聞紙で兜を折り、プレゼントしました。
たちまち効果が表れて、こちらを向いてくれました。
彼は十字軍のTシャツを着ていましたし、おもちゃのサーベルも持っていて、兜をかぶって騎士になったつもりで、ポーズをとってくれたりました。
会って間もない男の子ともたちまちお別れの時刻が来て、奥さんのダニエールともお別れし、ご主人の車でツールーズの駅まで送ってもらいました。

ここからSNCFに約5時間半乗って、パリのモンパルナス駅まで帰りました。
途中ボルドー駅の手前の駅で、約1時間ほど停車したのには驚きました。
TGVとはこういうところが違うのでしょう。日本の特急でも、このような長時間停車はあり得ないでしょう。

モンパルナス駅へは、ミッシェルさんが車で迎えに来てくれました。
ミッシェルさん夫妻の家は、ビュットショーモン公園に面したアパルトマン(マンション)で、私達の定宿みたいになっています。

この日の夜、私達は初めてバスチーユのオペラ座にオペラ(セビリアの理髪師)を見に行くことになっていました。
ミッシェルさん夫妻に予約券を買っておいてもらったのです。
私達もそれなりの正装し、出かけました。
入口の入場もそれなりに厳しそうでしたが、入場券を見せると問題なく入れました。

こういうところに来るには服装が大切で、変な恰好では、入り口で追い返されるかもしれません。
ロビーにいる人達も、皆綺麗に着飾って、とてもよい雰囲気でした。
オペラガルニエにも行ったことがありましたが、あちらもムッシュウとマダムばかりという感じでした。
ミッシェルさん夫妻は上品なカップルなので、一緒にいると私達の株も引っ張りあげられて得をします。

しかし料金はそれなりのものでしたが、席は1階席だったものの、かなり後ろの方でした。
私達がミッシェルさんに予約を頼むのが遅かったせいらしいです。

イタリア人による「セビリアの理髪師」のオペラが始まると、イタリア語で歌うわけですが、舞台の上の方に横にフランス語の字幕が出てきました。
しかし、粗筋は解るものの細かい会話や筋運びは解りませんでした。
まあ、バスチーユのオペラ座でのオペラ鑑賞の初体験ということで、それなりに良しとしたところです。

外国人が日本へ来て能を勧奨しているのと同じ状況かも知れません。


ツールーズの友人

ツールーズの駅で、次の友達であるジャン・ルネさん夫妻を待ちました。まだクリスチーヌ夫妻も一緒に待っていてくれました。やがて予定時刻になるとジャン・ルネさん夫妻が車でやってきました。

クリスチーヌ夫妻と再会を約束し、ここでお別れしました。

ジャン・ルネ夫妻とは、彼らが日本へ団体旅行にやってきたとき、私達の住む奈良市の「興福寺の南円堂」付近で偶然会い、短時間ながらアドレスを交換し、それからお付き合いが始まったのでした。

今回の2年ほど前に、パリで息子さんの所へ来ておられた夫妻と再会していました。それはパリ祭の前日で、凱旋門で行われたセレモニーなどを一緒に見ましたが、その時はその日一緒にパリ市内を歩いただけでした。

今度はいよいよ夫妻の家に泊めてもらうことになったのです。
ジャン・ルネさんは元軍人です。ブルターニュの生まれで、つまりブルトン人です。このことは前にも書いたと思います。
奥さんはリールの生まれだそうです。

郊外の家に着くと、アペリティフからディナーまでご馳走は用意万端出来ていました。エビのパイとかライスサラダとかピラミィスなどを頂きました。

翌日いろんなパン、ジュース、ヨーグルト、果物をいただいてから、ツールーズ市内観光になりました。
まず一番最初はサン・セルナン・バジリカ聖堂、現存するロマネスク教会としてはフランスで最も大きいとガイドブックに書いてありました。
次にキャピトルと言われる市庁舎で、広い広場の長い一角を占める煉瓦と石とのコントラストの綺麗な建物でした。美しい天井画は見とれるばかりです。
ここを出て街を歩いていると、単車の荷台に黒い箱があって良く見るとそこに「SUSHI SHOP」と書いてあり、ここでもお寿司は人気があるようです。
ランチは軽く、エクレアとか、サンドイッチ、ピザなどと好きな飲み物で済ませました。
そのあと、ジャコバン修道院へ行きました。
ここで何気なくお祈りの椅子に座ろうとすると、なんとそこに財布が落ちていました!
びっくりしてジャンルネさんの奥さんに渡しましたが、カードなどが入っており、警察に届けたら持ち主へ返せるだろうと言うことでした。
回廊で一休みしたり、ヤシの木と言われる面白い天井を眺めたりしました。
屋根の補修をしているらしく赤い丸がわらを、新しいものに取り替えているようでした。

ジャンルネさんの家に帰り夕食はアペリティフからはじまり、メインはステーキでした。
デザートは、ティラミス、バナナ、それにチーズなどでした。

食後は折り紙教室をし、日本の歌を披露しました。
ジャンルネさん夫妻は、お返しに二人で「サクランボの実る頃」を謳ってくれました。
こうしてジャンルネさん夫妻との、楽しい一日は終わったのです。

Saint Cirgue へのハイキング

翌日ファニーとクリスチーヌ夫妻と私達は午前中、近くへハイキングに行きました。

大きな川が流れていて、橋がかかっていますがその橋は水量が増えると橋の上を水が流れる、「洗い橋」でした。そこで不思議な黒い犬に出会いました。

どこからともなく現れたこの犬は、そこから私達にずっとついてきたのです。
近くの村を抜けて山道を登って行きましたが、山頂には教会があるらしく、山道の所々にキリストの受難のお話し等の絵を金属製のレリーフで表現した道しるべのようなものが立っていました。岩で凸凹した細い山道で、途中には綺麗な山野草が咲いていました。上に登るにつれ眼下に先程の川が見え大きな橋も見えました。
黒い犬はまるで道案内をするように、私達の少し前を登って行きます。

山頂にはやはり古い教会がありました。墓地もあり、その後ろには公共の施設がありました。その公共の建物の表側には道路があり、車でも登ってこられるようです。先程の犬はどうやらこの公共の建物の中に飼われているようでした。と言うのはその建物のゲートは閉まっており、「犬が外に出ないように、このゲートを閉めてください。」と英語で書いてありました。でも犬はすでに外に出ているわけでおかしかったです。

もと来た道を下山して、橋の近くのレストランに行きました。その名はHotel Restsurant du Pont (橋のホテル・レストラン)ズバリの分かりやすい名前でした。
そしてここがSaint Cirgue(サン シルグ)というところであることが、ホテルの看板から解りました。
このホテルはプールもついており、リゾートホテルのようで、私達が訪れた時はシーズンオフだったようです。

ここでは銘々サーモンとサラダとか、白身魚の料理とか、オムレツなど好きなものを食べ、デザートにはたっぷりチョコレートがかかった大きなアイスクリームを食べました。
客が少なく落ち着いてゆっくりできました。

それからまたアルビのファニーの家に戻り、お茶をしたり、裏庭の植物を見たりしました。クリスチーヌのご主人は木に登り、剪定までしていました。

その後ファニー達とお別れし、クリスチーヌと私達はクリスチーヌのご主人の運転で次の友達の待つツールーズへ向かいいました。
また雨が降ってきました。

ロートレックの生まれたアルビ

とてもよく私たちの面倒を見てくれたセブリ―ヌ夫妻と別れを惜しみ、残りの5人で、ファニーの住んでいるアルビの町へ向かいました。

最初に行ったのは、トゥールーズ・ロートレック美術館です。行ってみると特別展として日本の浮世絵展が開かれており、フランス人の3人はそちらの方へ見に入り、私たちは浮世絵を見るのはやめて、ロートレックの絵画展の方へ行きました。

外に出てから、評判の美術館の庭園を見に行きました。素晴らしい幾何学模様で、よく手入れされており、上から見下ろすことが出来見事なものでした。

そこを出てからサント・セシル大聖堂へ行きました。非常に高い建物で、内部も大変荘重な感じでした。
大聖堂を出てから少し歩き、カフェで休憩しました。屋外の丸いテーブルには全てロートレックの絵がはめ込まれていました。

それから町を歩きロートレックの生家の前を通りました。家の中は見れませんが今もちゃんと残っています。
この町は、赤いレンガ造りの建物や塀が非常に目につく特徴があります。
そして石畳の道です。

街歩きの最中、雨が降ったりやんだりで戸惑いましたが、とくにずぶ濡れにはならずこの町の見学を終わりました。
その後、ファニーの家に行きました。
2階建の戸建住宅で裏庭には木が生えていたりして緑いっぱいでした。

今夜はここで1泊させてもらいます。私達だけでなくクリスチーヌ夫妻も一緒ですから、この家は相当部屋数に余裕があるようです。
私達には2階の広い部屋をあてがってくれました。

ファニーのお母さんはエステシャンだそうで、そのお母さんの彼氏もやってきましたが公認会計士だと言うことでした。

クリスチーヌ(料理上手)も手伝って、夕食を作ってくれましたが、この地方の料理である鴨料理を中心としたボリュームいっぱいのディナーです。
もちろんアペリティフでシャンパンを開け、本番では赤ワインを開けてくれました。
特に日本のお米を買ってきて、炊いてくれたのは感激しました。
お米の袋には侍の絵が画いてあり「日の出」という名前がついていました。しかし他の言葉は中国的なものもあり、日本から来たものではないようでした。
タイ米のような長いものでなく、日本米のように短い粒でした。
少し柔らかでしたが、歓待の心がこもったご飯なのでおいしく頂きました。



若干のプレゼントと日本文化の紹介として、折り紙教室、着物、チョコっと謡曲などで、私達の交流は楽しいものになりました。
食後のお茶の入れ物は日本で買ってきたらしい湯呑みで、花魁か芸者のような浮世絵が画いてありました。
この絵はちょっと怪しい部類に属するかもしれません。








プロフィール

メルシー ボクゥー

Author:メルシー ボクゥー
美しい景色やおいしい料理もいいけれど、旅の回数を重ねるにつれ、感じるのはフランス人の魅力です。

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