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ボルドー旧市街の建物は素晴らしいでした。

ボルドー郊外の家に付くとそこは小さい村で、役場もすぐ近くにある落ち着いたところでした。
やがてランチと言うことになりましたが、姪はお医者さんで未だ仕事から帰ってこられていませんでした。姪の婿さんが言わば「専業主夫」と言うところで食事は全部彼が作っているようでした。
長男が家にいました。彼は大学生でラグビーをしていて、口数が少なく優しそうな感じですが、非常にがっしりした立派な体格の青年でした。
オムレツ
オムレツ
サラダ
サラダ
ハム
ハム
果物
果物

末娘は高校生でした。日本に来たことのある医学生の長女は外出中のようです。

家の外のベランダ風のテーブルで、食事をしました。庭から近くのシャトーが見えました。
このあたりは葡萄畑ばかりで、ところどころ立派なシャトーが残っています。シャトーワインはこういうところで造られているのだなと実感しました。

庭
家から見える近くのシャトー
家から見える近くのシャトー
アンリ・モルガンはご主人の作られたスープを美味しそうに飲んでいました。パリでは一人暮らしのアンリ・モルガンは食事も大変だろうと想像しました。
アンリモルガン(右)と姪の長男(左)
アンリモルガンと姪の長男

食事後、ご主人の案内でボルドー市内観光に出かけました。近くまで車で行き、そこからトラムに乗りました。
トラム内部
トラム内部
トラムの運転席
トラム運転席
末娘とはトラムを降りた後別れ、ご主人とボルドーの中心地を散策しました。川沿いに素晴らしい建築物が並び、ここは幸い第二次世界大戦でも被害が無かったそうです。

奴隷貿易で栄えたと言う暗い歴史もあるとのことですが、歴史的建造物は太陽に輝いていました。
ボルドー旧市街
ボルドー旧市街 1
旧市街 広場1
広場 1
旧市街 広場2
広場 2
広場に面したリージェントというホテル
リージェントと言うホテル
市内見物にはアンリ・モルガンは同行しませんでした。とてもその体力はないようです。
市内観光から帰ると姪も帰っていました。また長女とその彼もいました。きっと日本人が来るからと彼を呼んだに違いありません。彼はコンピュターのエンジニアをめざす大学院生だそうです。
やがてランチをした同じベランダで夕食になりました。ここでもご主人が腕をふるってくれました。この優秀な「専業主夫」は家の増改築まで行うそうです。
アペリティフ
アンリモルガンの姪のご主人(左) アンリモルガンの姪(右)
姪とその御主人
左から 長女の彼 長女 次女 
アペリティフ 1
カレー(日本人の私に配慮した献立だと感じました)
カレー
チーズ(フランスの夕食でこれなしはまずありません)
チーズ
カヌレ(ボルドーの名物です)
カヌレ
ヨーグルト
ヨーグルト
”ワサビ”のチョコレート(わさびは日本文化ですが、かなりフランスに浸透しています)
ワサビのチョコレート
あてがわれた寝室にあった掛け軸
掛け軸

こうしてボルドーの一日は過ぎようとしていました。家にはグランドピアノがありましたが、今のアンリ・モルガンにはそれを弾く気力がないようです。

この姪夫婦と1男2女の5人家族の他に、末娘が可愛がっている猫が一匹いました。広い庭を闊歩するこの猫は、大抵の猫がそうなのですが、私に簡単には馴染んでくれませんでした。

ねこ(外見も鳴き声もしぐさも日本のと同じ)ネコ
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パリの大渋滞で痛い目に会いました。

ボルドーへ行く日がやってきました。
モンパルナスの駅からボルドー行きの8時半の出発の切符は既に買ってあります。駅でモンマルトルのシャンソニエ「ラパン・アジール」のピアニストのアンリ・モルガンと落ち合うことになっていました。
彼の姪がボルドー近郊に住んでいて、かねてからそこへ一緒に行こうと言っていました。またその姪の長女を連れて日本にやってきたこともあります。
ただアンリ・モルガンは数年前に胃がんを患い、治療し一時回復し、日本へ来て神戸肉を一緒に食べに行ったほどでしたが、最近は再び調子が良くないようで、しばらく日本に来ていませんでした。

そう言う彼と旅行するのは彼の体調を考えると彼に負担になると思うのですが、熱心に誘ってくれているのに行かないことも彼に済まないこととのジレンマの中での選択でした。
彼はもう一人の親友のお医者さんが住むブルターニュへも行こうと言っているのですが、一度の渡仏で両方は無理なので、ボルドーの方を選択しました。

パリ市内の朝は渋滞すると言うので、ミッシェルさんの運転で7時に出発しました。1時間半あればまあ大丈夫と言うつもりでした。
ところが車がセーヌ川を渡り右折し、川沿いの道を西に向いたあたりから渋滞がひどくなり、遅々として進みません。間をすり抜けるオートバイがうらやましいでした。昭和天皇も訪れられたと言う有名な高級レストラン「トゥール・ダルジャン」の横を通りましたが、気もそぞろで焦りに焦りました。
うらやましいオートバイ
大渋滞
トゥール・ダルジャン
トゥール・ダルジャン
ようやくモンパルナス駅に着いた頃は5分前で、荷物を持って走りましたが、アンリ・モルガンの「もう遅い」と言う声が横から聞こえてきました。
出発の3分前にはゲートを閉め、もう列車には乗れないのでした。このあたりは日本と違います。
リヨン駅で切符を買った時、窓口の方が「気をつけてね。ゲートは3分前に閉まるから」と言われたのですが、そのときは余裕を持って行くから大丈夫と思っていたことが、今更ながら思い出されました。
アンリ・モルガンは内心非常に怒っていたと思いますが、生来温厚な彼は全く私を責めませんでした。

仕方なく切符を買い直すことになり、1時間後の列車の2等車に格下げにしました。私は自業自得ですが、アンリ・モルガンも巻き添えにしてしまい、本当に申し訳なかったです。

レイルパスの利用で、安全を考え、長距離の場合は1等車にすることが多いのですが、この時の2等車は混んでおらず、座席も新しくカラフルで明るく快適でした。
2等車内
2等車 車内

やっとボルドー駅について、正面出口を探しましたが、アンリ・モルガン自身も方向が判らないようでした。この時少し彼の年齢を感じました。

正面出口には姪(カトリーヌ)の婿さん(フランク)が迎えに来てくれていて、重い荷物を車へ運んで行ってくれました。
彼が戻ってくる間、駅の外壁の鉄パイプに腰をおろして待っていた彼の姿が忘れられません。顔には笑みこそあったものの、立っているのが辛いのが良く判ったからです。

ボルドー駅
ボルドー駅
ボルドー駅その2
ボルドー駅 2

そうして姪の家に車で20分ほど走りました。この間アンリ・モルガンの疲れを思い、つらそうな彼の横で、朝遅刻し大変心労をかけたことも加わり、一刻も早く姪御さんの家に着いてくれることを祈りました。

プロフィール

メルシー ボクゥー

Author:メルシー ボクゥー
美しい景色やおいしい料理もいいけれど、旅の回数を重ねるにつれ、感じるのはフランス人の魅力です。

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