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コルド・シュル・シェル出の再会とお別れ

CAP DE NACの街の達夫妻の家に2泊した翌日、彼らとともにコルド・シュル・シェルへ向かいました。
「空の上のコルド」と言う意味のこの地は、まさに素晴らしい古い村でした。川のそばに車を止め、石畳の道を上へ上へと昇りました。中世の建物がそのまま残っているようです。あいにくの雨でしたが、登る途中には観光客も住民の人影も少なく落ち着いた村です。
さすがに頂上付近になると観光客がいて、いろいろな職人の店もあり、賑わっていました。実はこの村でセブリ―ヌの友達のファニーに会ってから、セブリ―ヌたちと別れる計画だったのです。

セブリ―ヌとファニーは二人で日本に来て、私達の家に泊まってくれたことがあります。その時セブリ―ヌはまだ娘さんだったのですが、今回再会するとお腹に赤ちゃんがいるとのことでした。
帰国後しばらくして男の子が生まれたと言ってきました。その子の名前は「yoji (ヨージ)」 にしたそうで、なんだか日本語の「洋二?」の語感に近い名前です。どうやらそれを意識したようでした。その後ももう一人女の子(名前はmaya)を生んだとかで、あの子があっという間に二児のお母さんになったという感じで、不思議な気さえします。

さてファニーは、私達の友達のクリスチーヌ夫妻の息子とつき合っているという関係で、クリスチーヌから紹介がありファニーとセブリ―ヌが日本へやってきて、私達の家に泊まったのでした。
セブリ―ヌは学校で縄跳びのチャンピオンになったとか、今でも太極拳をしているとか、体を動かすのが好きな言わば気の良いおてんばさんですが、ファニーの方はこれと対照的に理知的な感じで、容貌もいかにも賢そうな落ち着いた子です。
二人に再会したわけですが、当の紹介したクリスチ―ヌ夫妻もこのときコルド・シュル・シェル迄やってきました。クリスチーヌ夫妻はアビニョンに住んでいるのですが、私達に会うために車でやってきたのです。

コルド・シュル・シェルで私達をふくめて7人がランチを食べました。ようやく雨も上がり、見晴らしの良いレストランで、この地の「アリゴ」と言う郷土料理を食べました。チーズとジャガイモを使ったまっ白い練り状のもので、ソーセージがついているシンプルなものですがおいしかったです。ところが元気なセブリ―ヌは解りますが、ほっそりとしたファニーが、大きなステーキをペロリと平らげたのには少し驚きました。


コンクの村

それから午後に、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへつながる巡礼の道の一つである「ル・ピュイの道」の重要なポイントである「コンク」の村へ向かいました。

このコンクの村は実に素晴らしい所でした。
歩くにつれ次次景色は変わりますが、そのどちらを向いても絵になります。
もうきょろきょろしながら、立ち去るのがもったいないような景色を懸命にカメラに写しました。
中心になる教会、それらを取り巻く村の古い家並み全てが良かったです。ちょうどバラがきれいな季節で、家を飾るように咲いていました。
これまでもそれからもフランスのあちこちの村へ行きましたが、間違いなく最高に美しい村の一つです。
写真などでは解りません。そこに行き、歩き、空気を吸い、そこにいる人達を見て感じるほかありません。

パリについ最近はじめて行ったという フレッド(セブリ―ヌの夫)は、「パリよりもここの方がずっといいよ。」と言ったとき、本当にそうだと思いました。

ここで2人の日本人男性とカフェで会いました。
彼らは、「ル・ピュイ」と言うこの巡礼の道の出発点から歩いてやってきたとのことで、途中雨に会ったり大変だったそうです。
内一人は間もなく日本へ帰り、他の一人はもう少し巡礼の道を歩かれるそうでした。
彼らは、フランス映画「サンジャックへの道」を見て、この巡礼の道を歩こうと思ったとのことで、私もこの映画は好きな映画の一つなので話が弾みました。

彼らとそこで別れ、私達はまだこの村の上の方に上って景色を楽しみました。
そこからの帰り道、偶然傘屋さんの前を通りかかり、ここで作られているというアトリエで、(パリのデパート等でも販売しているそうですが)、珍しい形や色のものがあり、自分の土産に買いました。


一旦家に帰ってから、夕食にこのCAP DE NACの街の高台にあるクレープリーに出かけました。
いろんなガレットやクレープがあり 食事用のガレット、デザートにはクレープを、それぞれ好きなものを注文しました。
このレストランには中世の騎士の鎧や、兜、斧、弓などが展示してあり、見晴らしも良い落ち着いた雰囲気の素敵なところでした。

食事後、高台から、たそがれのCAP DE NACの街を眺め、名残を惜しみました。

家に帰り、彼らの家の庭の隅にあるフレッドの趣味の陶芸のお手製の窯を見せてもらいました。
作品も家に飾ってあり、素朴な花器や、日本の石灯籠に似たものなどがあり、釉薬は掛けてありませんでしたが、彼の優しくユニークな個性が出たものばかりでした。

フィジャックの街とピクニック

あくる日、彼らは私達を「フィジャック」と言う古い街へ連れて行ってくれました。
カルノ広場と言うところに、市場がありました。
歴史を感じさせる建物は、とてもいい感じです。

窓から入ってくる光が綺麗な教会があり、その横の公園のステージでは、10数人の人達が音楽を演奏していました。

ジャン・フランソワ・シャンボリオンと言うあのロゼッタストーンを解読した語学の天才は、この町で生まれたそうです。
エクリチュール広場と呼ばれるところの地面に、大きくそのロゼッタストーンの複製が敷かれていました。

その後屋外のカフェでお茶を飲んで休憩しているところに、中世の仮装をした男の人が現れ、みんな楽しそうに見ていました。私たちも彼と並んで写真を撮りました。

十分この街を堪能したのち、私達は再び彼らの家に戻り、今度は近くの公園にピクニックに行きました。
木陰の下にシートを敷き、ケークサレ、クルジェット(ズッキーニ)のフリット、タブレというクスクスのサラダ、サラミソーセージ、チーズそしておいしいバゲット等を食べました。

見ると近くで小さい骨董市が開かれています。
食事の後それらを見に行きました。
パリなどであるプロのお店が並ぶ市ではなく、家の屋根裏部屋にある古いものを並べているような素朴な感じでした。

このミニピクニックは、後で思い出しても実に楽しかった想い出となっています。
彼らの家のすぐ近くの公園でしたが、季節もよく、人もまばらでのんびりしていたし、ガレージセールのような骨董市もあり、この街に住んでいる人達の穏やかな感覚が、伝わってきました。

彼らが私達が行くと言うので周到に計画し、準備し、待っていてくれたことが心に伝わり、嬉しかったです。



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やっと再開です。

ボルドーからTGVに乗り、トゥールーズに向かいました。
やがてトゥールーズ駅に着き、今度はバス乗り場に行きました。
そこから友達のいる街まで長距離のバスに乗ったのです。

そこでちょっとした事件がありました。
私達はバスの中央付近に乗っていたのですが、バスの最後部に載っている若者達が大きな音を立てて音楽を流し始めたのです。

乗客は皆知らん顔です。
あまりひどいので、私は立ちあがって後部座席の方へ行き、もっと音を小さくするようにジャスチャ―を交えて言いました。
一人の若い男はびっくりしたようでした。
ところががボスらしいいかにも悪そうな顔をした男は、私を無視するように若い男に言ったようです。

私もこれは危ないな、これ以上かかわっては大変だと思い、黙って自分の席に引き返しました。
その後音楽は小さくなったり、また大きくなったりしていましたが、じっと我慢し、バスが早く目的地に着くよう願いました。

この時間は長く感じました。
やっとのことで目的地に着き、私達は降りました。そしてバスの横から荷物を下ろしました。
そのときさっきのボスが何か私達の荷物に仕掛ける気配がしましたので、油断なく気を配りました。

そこに友達のカップルは迎えに来てくれていましたので、私達2人の旅行者だけでなくなり、悪いボスたちもあきらめたようです。
彼らは再びバスに乗って行きました。

その悪ボスだけでなく、他にもライターの火をとても長くつけたり消したりしている変な人もいました。

列車と違ってバス料金は安く、いろんな人たちが一緒に乗るので、こういう目に遭うようです。

長距離バスに乗ったのは初めてでした。
出来るだけ運転席に近い前の方に座るのがいいようです。

あの3人の悪どもたちが、フランス人であるかどうかは定かではありません。

さて友達の家に連れて行ってもらいました。
彼女(セブリ―ヌ)は以前日本に着て、私達の家に泊まった人です。
その後、結婚してここに住んでいるわけです。

彼女は太極拳をしていて、剣などの道具もありました。
どちらかと言うと彼女はおてんばだったようで、小さい頃は縄跳びが学校で一番だったとか言ってました。
彼の方は合気道をしているとのことでしたが、とてもやさしい人です。

二人とも日本が大好きで、日本刀(模擬刀)が飾ってありました。
この日はゆっくりし、あくる日から近郊へ出かけることとなりました。

長いことブログを書かずにいましたが、良く考えると写真をアップするのが面倒で、ついこうなったようです。
ですがこのブログの趣旨は、「何よりもフランス人に会うための旅」の紹介で、景色の紹介ではないことに気がつきました。

文章ばかりになると思いますが、これ以上旅行記を溜めないために写真を思い切って省くことにしました。

サンテミリオンの町

1年ぶりのブログ再開です。
1年間怠けているおかげで、旅行記もかなり溜まりました。
そこで追いつくためにでこれからは写真中心で行こうと思います。

さてボルドーの最後の日の午前中、アンリモルガンさんの姪夫妻にさんに、ボルドーワインの産地として有名なサンテミリオンへ
つれて行ってもらいました。
サンテミリオンの古い街並みです。
サンテミリオンのまちなみ
サンテミリオンの教会内部
教会内部
教会上部の回廊
教会上部の回廊
回廊から鐘楼を見る。
回廊から鐘楼を見る
ステンドグラスの色が壁に映る。
ステンドグラスの色が壁に写る
上から見た古い街並み
古い街のまちなみ

見学したワインカーブの葡萄畑
見学したワインカーブの葡萄畑 
見渡す限りの葡萄畑
見渡す限りの葡萄畑
葡萄畑での説明
葡萄畑での説明
地下で映像による説明
地下で映像による説明
ワインカーブ
ワインカーブ 3
ワインカーブ
ワインカーブ
古いワインの価格表
古いワインの価格
買ってきたワイン
買ってきたワイン
息子のマルタンからの気持ちのこもったお別れの伝言
マラルタンの伝言_convert_20160821131049

ボルドー駅
ボルドー駅
プラットホームまで見送ってくれた夫妻
プラットホームまで見送ってくれた夫妻
TGV一等車内
TJV一等車内
ここでは写真がないので、出ていませんがアンリモルガンさんはパリに帰るため、同じボルドー駅まで一緒に来ていました。彼はもうあまり歩けないので駅の待合所で別れましたが、それが最後の別れとなりました。それから彼は1か月もない期間、モンマルトルのラバンアジールというシャンソニエでピアノを弾いていましたが、やがて力尽き、彼のアパルトマンで一人ひっそり亡くなりました。
その間彼がピアノを弾いているところを写真に撮った日本人がいて、その人がブログに乗せてくれましたので、連絡し、今お友達になっています。
日本が大好きだった彼のことは忘れることはありません。姪ごさんの家族ともその後も付き合いは続いています。
死の直前までピアノを弾き働いていました。本当にいい人でした。
彼は人を喜ばせ、自分も楽しみ、働き、私達の心に生きたまま天国へ行きました。

プロフィール

メルシー ボクゥー

Author:メルシー ボクゥー
美しい景色やおいしい料理もいいけれど、旅の回数を重ねるにつれ、感じるのはフランス人の魅力です。

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